★★★sahara★★★
モロッコの祭り・行事
飲食しないだけのラマダンは何度か経験してたけど、ちゃんとお祈りをしたり、コーランを読んだりして周りの人たちと同じ様に過ごすラマダンに挑戦したのは2004年が初めてでした。
生まれて初めて体験したラマダンの日記です。
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 2004年10月14日の夜、モロッコのチャンネルに合わせて皆でテレビを囲む。
ニュースではラマダン入りが報告され、皆嬉しそうに「明日からラマダンよぉ。」と言い合っている。
モロッコでは15日の金曜日からラマダンに入った。

 夏から冬に向けてなのか、この日、もしくはラマダン明けの“イード・アルフィトル”に向けてなのかは知らないが、何週間も前から家の大掃除をしてきた。
長いナツメヤシの葉で部屋の壁の埃を落とし、家具を動かして床を水洗いし、普段はなおしているお客様用のソファー、ソファーカバー、クッションを出し、棚の中の食器を全て洗い、またきれいに飾りながらなおし、お祝いの席で使うトレーやお菓子入れ、ティーポットなども全て磨き上げ、毛布、カーペット、ソファーカバー、クッションを洗うのだ。

何が面倒かって、このクッションカバーを洗う事。
カバーの中に直接小さなスポンジや布の切れ端が詰め込まれているから、それらを全て出し、洗い終わったらまた詰めなおさなければいけないのだ。
毎日毎日、また?!と思うくらい掃除をしまくって、やっと迎えることができたラマダン。
もう大掃除は当分無いかと思うと、私も嬉しい。

 今までに2回程モロッコで断食を経験したけれど、今回はただ断食するだけでなく、お祈りもして、皆と同じようにラマダンを過ごそうと思った。
「明日の何時に居間に来たらいい?」と妹に聞いたら、「3時半か4時。」という答え。
“3時半か4時”って、この30分の開きは何やねん?!と思いつつも、3時25分に目覚ましをセットして眠りについた。



◆10月15日 1日目

 3時半頃に台所に行くと、お母さんはもうお茶の用意をしていた。
「おはよう。」と声をかけると、おはようと言いながら、「あなたは4時でいいのよ。寝に行きなさい。」やって。もうすっかり目覚めちゃってるよぉ。。。

 とりあえず居間で横になっていたけど、眠れるはずもなく4時を迎えた。
皆徐々に起きだしてきたけれど、昨日私に3時半か4時と言った張本人は、当然のように4時過ぎに居間に登場。
「私の貴重な睡眠をかえせぇ!!」と心の中で叫ぶ。


 初日のスホール(日の出前のご飯)は、いつも食べるバガリィル(モロッコ版クレープ)の準備をしていないので、オムレツ、バター蜂蜜をパンに浸してミントティと一緒に食べた。
今までのラマダンだと、この食事が終わったら「おやすみ。」と言ってさっさと寝に行っていたが、今日からはお祈りが待っている。

 まずはウドゥー(お祈りの前に決められた順序で手、顔、足等を洗い清めること)をして、腕や足の肌が見えないように上着を羽織り、頭にスカーフを巻く。
そして5時過ぎのお祈りの時間がやってくるまで、コーランを読んで過ごす。
私は日本語訳付きのコーランを開いた。
そしてアザーンが終わってから、まだちゃんと言葉ややり方を覚えていない私の為に、妹が一緒にお祈りをしてくれる。
5時半頃、やっとベッドの中に戻れるけれど、私の頭は完璧に起きているからなかなか寝付けない。


 9時頃に起きだして、テレビを見ながらクスブル、マンヌース(香草)を大量に刻む作業が始まった。
これは、毎日飲むハリラ(スープ)やタジン(肉と野菜の煮込み料理)、マクダ(モロッコ版コロッケ)等に使われる。
香草を刻み終えたら、お掃除、3食分のご飯の準備が始まる。
前回のラマダンは私とお母さんの2人だけで全てをこなしていたけれど、今回は倍の4人いる。
ということで、超らくちん。だって毎日私が掃除をして、ホブスドアッズ(モロッコ風ピザ)に使う人参を摩り下ろすだけでも大変やってんもん。

 一仕事終わったら、またウドゥーをして今日2回目のお祈り。
そして16時前にまたウドゥーと3回目のお祈り。
自分の部屋で一息ついていると、私を呼ぶ声が。
すると沢山のバッタが夕日を浴びて輝きながら舞っている。
子供達と一緒に、バッタがいっぱいだねぇ、などと言いながらとっても穏やかな気分で眺めていた。


 17時になると、テーブルにハリラを入れた鍋、器、スプーン、ゆで卵に塩とクムン、牛乳、ルバン(飲むヨーグルトの様な物)、グラス、シュバキア(かりんとうの様な甘いお菓子)、ズメタ(ゴマや小麦粉、砂糖等を混ぜたお菓子)、ホブスドアッズ、デイツ(ナツメヤシの実)などを全て並べる。
男性はデイツをポケットに入れてモスクへ向かい、女性はコーランを読んで過ごす人もいれば、テレビでも見ながらアザーンが聴こえてくるのを待つ、私のような人もいる。


 17時50分。アザーンが聴こえ始めると、デイツをつまんでから4回目のお祈り。
それが終わってからやっとフトール(断食明けの食事)をとることができる。
何だかお祭りが始まったような気分で、皆うきうきしている。
ラマダン中は、日本の正月番組の様なかんじで、いつもと違うプログラムが沢山ある。
この時期にスタートする新しいドラマ、パレスチナでの出来事をドラマ化したもの、ロシアがアフガニスタンにやってきた頃からのカブールを舞台にしたドラマ、そしてコメディーが増える気がする。
日本の吉本新喜劇みたいに、舞台で演じられるお笑い番組や、コメディードラマを見ながら皆で大笑いして楽しく過ごすのだ。

 19時前に、男性も女性もモスクへ向かい、5回目のお祈り。ラマダン中はこの時間にタラウィーと呼ばれる特別なお祈りをする。皆が帰って来るのは20時頃だ(モスクが遠いのではなく、それだけ長い時間お祈りをするという事)。

 ウドゥーの後に、寝たりトイレに行ったり、おならをしたり、嘔吐、出血、失神、性交をしなければ、次のお祈りの時に再びウドゥーをしなくてもいいから、次のお祈りまでトイレを我慢してしまうのは私だけ???
1日5回もウドゥーしとったら、普段でも乾燥している肌が余計に乾燥する気がする。
いちいち化粧水とかつけるのも面倒くさくてやってられへんし、これはウドゥーの回数をなるべく減らすしか無いと思うねんけど、皆はそんなこと考えへんのかなぁ.....

 5回目のお祈りが終わると、これからがいつものお茶の時間のようなもので、親戚の家や友達の家に行ったり、来たりしてお茶とおしゃべりを楽しむ。

22時30分頃にライシャ(夜ご飯)。
普段お昼に食べる、タジンやサラダ、フルーツの食事をして、目覚ましを4時前にセットして就寝。


◆10月16日 2日目

 今日は4時前まで寝れる、と思っていたのに、物凄い太鼓の音で目が覚めた。
ラァビィット(黒人を指す言葉らしい)と呼ばれる、ラマダンの時期にギナワ音楽を奏でながら町を歩いて人々を起こし、ラマダンが終わるとこれまた音楽を奏でながら一軒一軒回って、お金をもらう人がいるのだが、時計を見るとまだ3時前だったか3時5分ぐらいだったか記憶は定かではないけれど、とにかく「まだ一時間も寝れるのにぃ!!」と心の中で叫んだのは覚えている。

だって凄い勢いで太鼓をたたいててて、ほんまにうるさいねん!。
もう眠ろうとしても眠れない。4時に居間に行って皆でご飯を食べていると、どうやら皆の会話もこのラァビットへの文句だった。
勿論私も一緒になって文句を言った。
私の睡眠を返せ!!

さてさて、今朝はちゃんとバグリィルを準備していたので、バター蜂蜜をつけながらお茶と一緒に食べる。このバグリィル、皆より早起きをしているお母さんが一枚一枚フライパンで温め直しているのだ。
そう、電子レンジなんて無いのよ。

ウドゥーをしてコーランを読んでお祈りをしてまたベッドに戻るねんけど、寝たい気持ちとは裏腹に、私の頭の中ではコーランやお祈りの言葉のアラビア語が流れていて、「あれ、この次何やったっけ?えぇと。。。」とずっと考えっぱなし。
そして昼間に飲めない水を夜中に沢山飲むものだから、何度もトイレに行きたくなる。
あぁ、寝かしてくれぇぇぇぇ、と思いながら窓を見るともう薄明るくて、鳥のさえずりが聴こえてくる。

なかなか眠れないまま、9時ごろに居間へ。
お祈りの言葉をぶつぶつと暗記しながら、皆とテレビを見る。
昨日と同じように、お昼ごろから掃除をして、料理に取りかかる。あぁ、眠りたい。
眠たくて、一緒にお祈りをする為に待つことができなかったので、1人でお祈りをすることにした。
ウドゥーをするときに使う、小さなバケツにお湯を入れていたら、「1人でお祈りするの?」と嬉しそうに聞いてくる。「うん」と頷くと、「おぉ!偉いぞ。」というような笑顔で皆が私を眺める。
だって、はよ寝たいねんもん。

まだ完璧に暗記できていないので、分からないところは変わりの言葉で祈る。
ちゃんと覚えたはずの言葉がなぜか出てこなかったり、言う順番を間違えたり、“えぇっと、次立つんやっけ?”と考えながら、ぎこちない動作でお祈りを済ます。

寝れる!と思ってベッドに入るけれど、今日は土曜日。
学校がお休みだから、家に子供がいてわぁわぁ騒いでいる。
あぁぁぁぁぁぁぁ。。。

16時過ぎ、寝たような、寝ていないようなで、とりあえず起き出してウドゥーをする。「今アスル(3回目のお祈り)でしょ?」と、ちゃんと分かってるわよ、という気持ちで聞いたら、はぁ!?という顔をされ、「まだお祈りしてないの?!アスルはもう終わってるわよ。あほ!」と言われ、まだ自分に自信のあった私は、自分の言い方が間違っているのかと思って、「違う違う。このお祈りよ。」と、お祈りの本を持ってきて指を指す。

「ちょっとこっちへ来なさい。」と、部屋へ連れて行かれ、16時10分を示している時計を指指しながら、 「アスルは16時までなのよ。もういいから、早くお祈りしてらっしゃい!」と言われてしまった。

テーブルにフトールの用意をしていると、小さな子供がすぐにいじりたがる。

そして「シュバキアが食べたい。シュバキアが欲しい。」とわめき、私の大好きなシュバキアをどんどん食べて、お皿のシュバキアがどんどん減っていく様子を横目で眺めながらアザーンを待つ。

フトールの後、皆はハマムへ出かけて行った。


◆10月17日 3日目

 今朝のラァビィットは、遠くで鳴ってるかな?と言う感じで、昨日ほどにうるさくなく、時間も3時半頃だった。さすがに文句でも言われたのかな?

いつものように何度もトイレに行ったりでなかなか眠れないまま朝を迎える。

でもお母さんは、3時半に起きた後から寝ていないそうだ。

私たちが起きだした時には、台所の掃除や洗い物はもう終わっている。

フトールで毎日ハリラを飲むけれど、その日によって若干具が違ったり、味が違ったりする。
今日のハリラはとても美味しい。私はハリラの中に大根が入っているのが大好き♪

フトールの後は友達の所に遊びに行って、ナギラ(水タバコ)をボコボコいわせながら、何だかんだとおしゃべりを楽しむ。
気分的にはこのまま朝までしゃべっていたかったが、そうもいかず。
0時過ぎに帰宅して、私の分に置いてあった魚のフライとサラダを食べてベッドへ。


10月18日 4日目

 ベッドへもぐりこんだはいいが、何せ朝までしゃべりたい気分だっただけに、頭はすっきり冴え渡っている。そう、また眠れないのだ。うとうとしだしたら目覚ましが鳴った。

今日のフトールにはシュバキアが無かった。悲しい。
その代わりに干しイチジクが置かれている。でも皆で従兄弟の家に集まった際、お茶とシュバキアとズメタが出された。初めてシュバキアを食べた時は、こんな甘ったるいものをよく食べるなぁ、と思っていたけれど、慣れるとこれはかなり癖になる。
デイツも、同じように思ったけど、牛乳と一緒に食べると味がまろやかになって美味しい。

22時過ぎに家に帰ってタジンを食べて寝る。


◆10月19日 5日目

 時々間違えたり、思い出すのに時間がかかったりするけど、やっとお祈りの言葉を覚えた。
そのせいか、頭の中でコーランやお祈りの言葉がぐるぐる回ることは少なくなったけど、やっぱりなかなか眠れない。

でも今日は、食事の用意をした後夕方まで気持ちよく昼寝することが出来た!

“断食”というと、とても苦しいイメージがあるけど、この時期は少々喉が渇くぐらいで、お腹がすいてたまらない!というようなことは感じない。
ゆっくりのんびりしているのに、フトールまでの時間は案外あっという間だ。
こんなに何回もお祈りをする時間が持てる、ということは、幸せなことなのかもしれない。
だって、日本でそんな時間持たれへんで。
日本での生活やと、1日に5回もお祈りをしなあかんイスラム教って大変なイメージがあったけど、実際にやってみるとそうでもない。
日本とは生活のリズムが全然違うのだ。
だから、日本で1日に5回お祈りをして、ラマダンやって、ということは、私にはできそうもないわ・苦笑

 17時ごろに居間に行ってみると、皆ソファーの上で寝てたり、コーランを読んだりしていた。
フトールとお祈りの後も、何人かはベッドに横になっていたようだ。

タジンを温めてテーブルに運び、まだ寝ている人を起こす。
やっぱり皆疲れてるねんなぁ。

今日のフトールには、ホブスドアッズの代わりにマクダ(モロッコ風コロッケ)がある。
これをパンにはさんでサンドイッチにして食べた。
シュバキアも復活したし、満足満足。


◆10月20日 6日目

 テレビドラマや映画は、夜放送した同じものを、翌朝にも見ることができる。

昨日はカブールのドラマを途中からしか見れなかったので、朝見ようと思ってチャンネルを合わせていたのに、なぜか違う番組を放送していた。残念。

台所でホブスドアッズに使う人参を、ひたすら摩り下ろしていると、強風のせいで窓の扉がばたんばたんいいだした。

早朝目覚めた時は、青々とした空にうろこ雲が少し伸びたような綺麗な空をしてたのに、今はもう曇ってて、砂やゴミが舞っている。

昨日洗濯しといて良かった。せっかく洗ったものが砂まみれになるところや。

17時前、そろそろ食器をテーブルに並べる頃かな、と居間に行ってみると、砂だらけになった部屋の掃除をしていた。
ほうきで一掃きしたら、そこには砂が。テーブルもテレビも砂を被っているので、私は拭き係になる。

今日のハリラは、チシャ(スミダともいうけど、麦か粟かだと思う)とショルバ(短いスパゲッティー)入り。子供達が出かけているので、とっても静かな、ゆったりとしたフトール。

夜には雨がぱらつきだした。


◆10月21日 7日目

 
あぁぁぁ、朝起きるのが辛い。
別に何時に起きろ、と言われてる訳や無いけど、皆が起きているのに自分だけ寝ているのも何だし、いつ呼び起こされるかと思うと初めから自分で起きてた方がいい。
一応9時過ぎに起きるけど、相変わらず空が白んできた頃に眠れるので辛い。

朝4時ごろにご飯を食べる時、空を見上げれば沢山の星が綺麗に輝いてるのが見えるけど、今朝は曇ってて見えんかった。
夜寝る前、4時ごろ、お祈りが終わった5時半頃と、大きなオリオン座がどんどん動いて位置が変わっているのを確認するのが小さな楽しみやのに。

寝不足のせいか、昼寝の時にかなり気持ち良く眠れたのに、目覚ましで起こされた。
お祈りの時間や。あぁ、でも眠い。もうこのまま寝ようかなぁ。でも何だか後ろめたいな。
あぁ、あと15分しかない。うだうだ考えてるんやったら起きよう!と、やっと起き出してウドゥーをし、お祈りを始めた。
でもまだ眠い。お祈りに慣れてきたら、お祈り中に余計な事を考える余裕ができてしまう。
これが終わったら眠れる、とか。。。

 今日のハリラはラァデスという小さな茶色い豆入り。
モロッコは結構色んな種類の豆があって、豆料理もとても美味しい。

最近乾燥のせいで肌がガサガサで、顔にまで白い粉を噴いていて気になっていたので、家で垢すりをしながら蜂蜜とオリーブ油のパックをしてみた。
皆が言うには、アーモンドオイルが乾燥にいいらしい。

19時半、女性と子供とで従兄弟の家にお茶を飲みに行く。
この従兄弟の家は古い昔ながらの家と違って新しい。家の中の装飾がとてもきれいで、とても広い。
この家にお茶を飲みにいくと、いつも沢山の人が集まっている。今日も例に漏れず、私達がいる間に25人ほどの人が来て、お茶を飲み、お菓子を食べ、おしゃべりしては、帰って行った。

こっちは兄弟姉妹だけでも8人ぐらいはいるので、従兄弟やはとこを入れると凄い数や。
だから顔だけ見たことあるなぁ、と言う人がいっぱいいる。

大人数やと何が大変かって、それは挨拶。
人が来たり、帰ったりする度に、お互いの頬に何度もキスをしたり、握手をしたり、握手し終わった手にキスをしたり、人によっては握手しているお互いの手の甲に何度もキスをし合ったり、一通りのキスの後、年配の人に対して頭にキスをしたり。

こういう場に来るのは色々観察できて楽しいけど、やっぱりくたくたに疲れる。

私達が帰ったのは一番最後。22時ごろやった。

夜空を見上げると、曇り空の間に晴れた空があって、そこからいくつもの星が顔を覗かせていた。


◆10月22日 8日目

疲れ切っていただけに、朝の3時40分ごろまで爆睡。
2回ほど眠い目をこすりながらトイレに起きたけど。。。

夜には、“アラビアのロレンス”がテレビで放送される。ほんまは今日食器洗い当番やったけど、見たい映画があるの!と言って、前日と交代してもらったのだ。

「これモロッコで撮影されたんだよ。」と言う人もいれば、それを聞いて「本当?!」と驚く人もいた。

私が初めてモロッコに来た時に知り合った人が、この映画の衣装の仕事をしたとか言って、撮影風景の写真を見せてくれたことがある。

テレビを見ながら、「これはメルズーガだ。」とか、「この人学校の先生だよ。」と、知っている人を教えてくれるけど、「どの人?」と聞き返した時にはもう画面から消えている。

23時ごろになると、皆寝に行ってしまった。私は24時30分でギブアップ。

ストーリーを楽しむより、衣装や風景を見て楽しめた。


◆10月23日 9日目

朝起きて1杯の水を飲まれへんのがちょっと辛いけど、一番辛いのは飲み食いよりも上手く寝られへんことや。

大家族でなく自分だけで住んでたら、お祈りが終わった5時半ごろから掃除や食事の用意をして、その後ゆっくり、ぐっすり眠りたい。て思うけど、大家族なら大家族なりに、個人なら個人なりに、それぞれいい所、悪い所があるからどっちもどっちか。

 フトールの後テレビを見ている時に、モスクでお祈りして来た人がもらって帰るデイツを一つもらった。前は綺麗な薄い緑色のデイツをもらって、噛み応えがあって、噛むと甘さがじわっと広がって凄く美味しかったから、今回はどんな種類のデイツかとドキドキしながら口に近づけた。そしたらウニョウニョ動く虫がいるではないか!!

思わず投げ捨てて、「こんな虫がいた!!」と、指でウニョウニョさせて説明したら、どれどれ?と言うから、恐々拾い上げたら、やっぱりいた!「ほらぁ!!」と見せると、皆笑いながら、「これはデイツに付く虫で、別に病気にはならないのよ。」と言われた。

勿論、この虫を食べる訳ではないらしいけど、何だか食べる気が無くなってしまった。

のんびりテレビを見ていると、「出かけるわよ」と声をかけられ、おばあちゃんの家に女性陣&子供と出かける。
この間の従兄弟の家と違って、おばあちゃんの家では顔馴染みの従兄弟達が集まるし、雰囲気もゆっくりのんびりしていて、私もくつろげるので気が楽だ。
おばあちゃん家でお茶を飲み、子供と遊んでから、他の従兄弟の家に立ち寄ったら、ハマムへ行ったとのこと。で、すぐ近所の知り合いの家に立ち寄った。お茶、ズメタ、ムスクゥツァ(スポンジケーキ)を勧められるがままに食べて、家に帰ったら今度は香辛料で味付けした魚のフライと、ポテトサラダ、キャベツのサラダ、トマトやピーマンを炒めたサラダを食べ、もう腹一杯。


◆10月24日 10日目


歯が痛い。前々から痛かったけど、だんだん酷くなってきた。
頭も痛いし、熱っぽい。あぁ、ここが日本なら、さっさと歯医者に行くのだが。。。

こっちの歯医者の現状を知っているだけに、怖くて行けない。
あの入れ歯の様な、怖い看板が掲げられているモロッコの歯医者。
実際に虫歯はすぐに抜く。しかも麻酔も無しに、引っ張り抜いて、その後の処置なし。

「歯医者に行きたいよぉ。」と言うと、「抜くの?」と当たり前の様に聞かれた。否、そうじゃなくてね、「日本ではすぐに歯を抜くのはよくないんだよ。」と説明。よくよく話を聞いてみると、どうやらちゃんとした(どこまでちゃんとしているのかは謎だけど)歯医者もあるらしい。とても高い、と言われたが、歯医者の為に日本に帰って治療するよりは安いだろう。近いうちにお世話になる予感。。。

昨日、私の好きなカブールのドラマを見ようとしたら、違うドラマが放送されていた。曜日が決まってるんかな?なんて思っていたら、今日その話題が出た。

ロンドンのラジオニュースを聞いたと言う人によると、このアフガニスタンのドラマについて、アメリカが放送しないように言ってきたらしいのだ。何でよその国のテレビ番組にまで口出すねん!?

これを放送していたのは、レバノンのチャンネル。番組のCMには、あのニューヨークのツインタワーに飛行機が突っ込むシーンも流れていた。

アメリカやヨーロッパから見たアフガニスタンではなく、アラブの国から見たアフガニスタンを見られるのが楽しみやったのに。

もう一つのドラマ、パレスチナはどうかと聞いてみたら、こっちは問題無いらしい。アフガニスタンはまだ最近のことやから、と言うのだが、パレスチナは現在も続いてるやん。

どうも納得がいかん!!



◆10月25日 11日目
ラマダンは、病気の人は免除されるねんけど、病気やからと言って断食をしていない人を見たことがない。風邪をひいてしんどそうにしていても、毎朝4時に起きた時に、トイレでゲエゲエ吐いて、あまり食べる事ができなくても、それでもちゃんと断食をしている。

私に、「お腹すいた?」とニコニコしながら聞いてきて、「喉が渇いたよぉ。」と言うと、「飲んでいいよ。問題ないない。」と言って来る。自分以外の人がちゃんと断食していようが、こっそり飲み食いしていようが、関係ないのだ。

 今日のハリラは、ヒヨコマメ、ラァデス、ショルバが入っている。人によっては、「ヒヨコマメはいらないから、上の方だけすくってちょうだい。」と言うけれど、私はヒヨコマメが大好き。
ゆで卵に、塩とクミンをたっぷりかけて食べるのもいいけど、適当な大きさに切ってハリラに入れてしまうのも、これまた旨い。


◆10月26日 12日目


み、水をくれぇぇぇ。

目覚めの一言。やっぱり目覚めの水1杯は最高やね。もう、喉も体もからからで目が覚める。

最近曇りが多いけれど、ぼやけた月が丸くなってくるのを見ると、ラマダンももうすぐ半分やな、と嬉しくなる。

 居間でテーブルセッティングも終わって本を読んでいたら、いきなり1人がデイツを食べだした。
時計を見ると、まだ17時40分。思わず手が出てもうたんかな?と思って見ていたら、アザーンが聴こえてきた。
えぇ!? もうフトールの時間なんや。

ラマダンが始まった頃は、17時50分がラマダン明けの時間やったのが、最近45分になってきたな、と思っていたら、もう40分になっている。
ほんまに日が沈むのって日に日に早くなってるねんやなぁ、と実感。

きれいそうなデイツを割って、中身もよく確かめてから牛乳と一緒にたべて、まずはお祈り。

シュバキアと牛乳、シュバキアとハリラもまた美味しい。
ホブスドアッズを食べながらお茶をすすっていると、いきなり部屋が真っ暗に。
停電かと思いきや、他の部屋は電気が付く。男どもがあれこれいじっている間に、ろうそくの明かりの元、今日はマクダもあるのか、と思いほうばる。
やっと電気が付いた頃は、もう腹いっぱい。

台所に洗い物を運んでいたら、マクダのお皿に蟻がうようよ。うわっ!昨日の残り物やったんや。
食べてもうた。。。

夜はポテトとチキンのタジンと、ズッキーニの辛いサラダ、キャベツのサラダをバゲット(フランスパン)でつついて、あまりにも美味しかったからついつい食べ過ぎて、これまた腹いっぱい。

それでも、りんごとざくろのデザートも平らげた。


◆10月27日 13日目

ハエに邪魔されながら、台所でサラダを作っていると、玄関から喜捨を求める声が聞こえた。
家は通りに面しているせいか、喜捨や水を求めて来る人が多い。
さすがにラマダン中は水を求める人はいないけれど、夏にはよく水をくれ、と言われ、冷たい水の入ったボトルとコップを持って行ったものだ。

喜捨の場合は、いつもお母さんが対応している。お茶に入れる砂糖の塊や、果物、野菜などを渡しているようだ。

それにしても、このハエの多さには本当にイライラする。日本みたいに網戸が無いし、玄関のドアは開けっ放しなので、ハエはどこからでも侵入できる。

今はデイツの時期やからハエが増えるらしい。頭の皮膚にハエが触れたり、顔や耳、唇、指にも足にもブンブンやって来て、サラダ作りの邪魔をする。
今度日本に帰ったら、あの電気が流れるハエ退治道具を持参しよう、と心に決めた。

 夜、久しぶりにネットカフェに出かける。メールのチェックを楽しみにしていたのに、なぜかメールにアクセスできず、何度やってもエラーになる。せっかく来たのに、残念。

帰りが遅くなったから、もう皆寝てるやろうな、と思っていたら、居間の電気がついている。
皆テレビで放送されている映画に夢中になっていた。


◆10月28日 14日目

 ラマダン初日に刻んだクスブル、マンヌースがもう無いので、また大量に刻む。

妹に、ハマムに行く?と誘われた。
ラマダン中にハマム、ちょっと疲れるけど、ゆっくり垢すりもしたいし、ガスールも使いたいから一緒に行くことにした。

14時に家を出てハマムに向かう時、1人の女の子が歩いていて、その子の逆側を男の子が自転車をゆっくりこいで女の子と同じペースで進んでいた。

それを見た妹は、「良くない!!あの男の子と女の子、ラマダン中なのに。」と怒っていた。
確かに私も彼らから、何かそういうロマンス的な雰囲気を感じた。

そうか、こういうのもダメなんや、と改めて実感。

ハマムに入ると、いつもの様なムッとした熱さがない。
やっぱりラマダン中やからその辺は調整しているみたい。いつもの真ん中の部屋は全然熱くなかったので、一番奥の熱い部屋へ。
いつもは長時間いれなくて、何度か外に出て水を飲み、皆よりも早くに終わって外で待ってるねんけど、今日の温度はなかなか心地が良かった。ゆっくり垢すりをして、ガスールをぬるま湯で溶いたもので髪の毛をパックする。顔には、ガスール、ローズウォーター、オリーブオイル、蜂蜜、お湯を混ぜたものをパック。

日本でパックや時間をかけたトリートメント、お肌や髪のお手入れをしようと思っていても、面倒臭くてなかなか続かなかった。

モロッコの女性が週に一度、ヘンナなどでトリートメントをしたり、しょっちゅうきゅうりや蜂蜜を使ってパックしているのを見て、よくやるよなぁ、と思ってたけど、今は私も時間がたっぷりあるし、自然の物でパックやトリートメントを作って、その効果が現れるのが楽しくなってきた。
だから今までは皆よりも早く外に出て待ってたけど、今ではハマムの時間があっという間に感じる。

時間を置いてから洗い流すと、顔はすべすべ、髪の毛は、一本一本が元気になった様で、ボリューム感が出た。

私と一緒にガスールを使った妹も、お肌がすべすべだ、と喜んでいるし、後から私の隣にやって来た人は、頭のヘンナを洗い流している。皆お手入れを楽しんでいるようだ。

でもさすがに、家へ向かう頃には喉がからからやった。
17時に帰宅。アザーンが聴こえたら、真っ先にお茶を飲んだ。
私は普段からモロッコのミントティーが好きで、よくお代わりしてたけど、今日は5杯ぐらい飲んでしまった。

 夜ご飯はチキンのお腹の中に、スパイシーな味付けをした春雨が入っている料理。
何か豪勢やな、と思っていたら、今日は“フデラ・トゥ・ノス”と言ってラマダンの半分という意味らしく、この日のライシャにはご馳走を食べるらしい。

空を見上げれば満月。月明かりはとても明るい。


◆10月29日 15日目

朝から停電。でも10時にはもう復旧。

そういえば前回のラマダンの頃はよく停電や断水があって大変だったけど、今回は殆どない。
ありがたいことだ。

 ホブスドアッズと、ハリラに入れる香辛料をまぶして冷凍してある肉の脂身を刻む。
小さく小さく刻んだ脂身がまな板の上で山になる。毎日毎日こんなに沢山脂身食べて、甘いものを食べて、これらは即自分の余分な肉になるんやろうな。怖い怖い。

家ではオリーブオイルからコーンオイルに切り替えた。
お母さんが、「これはノンコレステロールなのよ。」と嬉しそうに言う。でもでも、この脂身はコレステロールたっぷりなのよ、お母さん。。。

 フトールの後、妹2人とお母さん、子供達を連れて従兄弟の家に向かう。
なぜか殆どの街灯が点いていなくて暗い。そんな中でも、道端や広場でサッカーをする子供達。洋裁屋さんは、ミシンに向かって忙しそう。皆ラマダン明けの新しい服を注文しているのだ。

従兄弟の家に行くと、一部屋を使って6人もの子供達にフランス語を教えている。先生は1人。「あなたはこれを呼んで。」「あなたはこれを書きなさい。」と、レベルの違う生徒一人一人に指示を出している。
生徒は小学校中学年ぐらい。教科書を見せてもらっても、フランス語の出来ない私にはチンプンカンプン。皆楽しそうにフランス語で質問したり、時には噂話をしたり、覗きにきた小さな子供の相手をしたりしながら勉強している。

先生役の従妹は、土日以外毎日近所の子供にフランス語を教えているのだ。
ただ助けているだけよ、と彼女は言う。これが日本やったら、立派な職業やのに。
でも、子供達も、彼女も、時々覗きに来て勉強を見てあげるお姉さんやお母さんも、皆お互いに楽しんでいる。

 私たちは、お茶を飲みながらシュバキア、ズメタ、ピーナッツを頂く。ズメタは各家庭によって味が違うから、味見をするのが楽しい。

先生役の妹は、21時過ぎにやっとお茶を飲むことができた。

お茶をかたずけに台所に行くと、何かが足りない。
よく見ると、水道が無いのだ。聞いてみると、「水道はないけどこれがあるわ。」と沢山のポリバケツを見せてくれた。そういえば裏手の広場に水道があって、子供がポリバケツに水を汲んでいるのを見たことがある。もしかしたらこの辺の家は皆水道が通って無いのかもしれない。
でも、皆はそれが当然のことのように、苦痛など感じていないようだ。


◆10月30日 16日目

小さな子供がいる人にとってのラマダンって大変やな、て思ってた。
だって自分は食べられへんのに、ご飯を作って食べささなあかんから。

でも私が想像していたのと少し違った。
子供達の為にわざわざ料理をしていないのだ。朝は普段と同じ、パンとお茶をあげたり、スホールで食べるバグリィルをあげたりする。あとはフトール用のゆで卵や、シュバキア、料理中の茹でたジャガイモ、フルーツやお菓子、前日残ったホブスドアッズ、タジンを与えてフトールを待つ。

でも、食べ物を与える事よりも大変だと感じたのが、スホールの時に子供も目を覚ましてしまった時。
コーランを読んでいる時に子供が泣き出したり、お祈りの最中にずっと呼びかけられたり、こっちはくたくたで眠たいのに、子供がなかなか寝てくれなかったり。

ほんまに、小さい子供のお母さんは凄いし偉いなぁ。

 17時、そろそろ食器を並べる時間。
何だか皆ピリピリしている。どうしたのかと思ったら、オーブンのガスが切れたのだ。

モロッコの家庭では、ガスコンロの下やオーブンの下にガス缶を置いて使っている。
缶のガスが無くなると、近所のお店に持って行って、新しい缶を買って帰る。

ホブスドアッズは、フトールの少し前に焼いて、オーブンの中や、ビニールに入れて保温しておくから、朝焼く事はない。

フトールがせまっているこの忙しい時に、ガス缶が無くなったのだ。

慌しくガス缶を交換し、食器を並べ、フトールでは、熱々のホブスドアッズを食べる事ができた。

 フトールの後風が強く吹き出して、そのうち雨が降り出した。
外にでたら、これはもう冬!というぐらい冷たい風が吹いていて寒かった。周りの人の服装を見てみると、ジャケットを羽織っている人もいれば、いつもとかわらぬシャツ一枚で何食わぬ顔をして歩いている人もいた。

 ライシャ(夜ご飯)は、グリーンピースのタジンと、パン、サラダ、ざくろ。
今日のパンはオーブンを使わず、小枝で火を焚いて焼き上げたパンだ。
モロッコで昔から食べられていた天然のパン。従兄弟の家で作ったらしく、家にも届けてくれたのだ。
ふわっとしているけれど、薄っぺらいパン。皆このパンが大好き♪


◆10月31日 17日目

昨日からの寒さが続いていて、今朝も寒い。
私は早速セーターやジャケットを出して、夏物服をしまった。でもまだ半そでを着ている人もいる。

我が家は昔ながらの古い家。壁も分厚いし、風の通り道があって、夏家の中にいると涼しい。
でも冬家の中にいると寒い。部屋の中で七輪を焚いたらあたたかいけど。。。

この寒さのせいか、急激にハエの数が減った。

 台所でサラダの下準備をしていると、叔母さんがやって来た。今朝従兄弟のお婆さんが亡くなったらしく、いつ家に行くのかを相談しているようだ。

 ライシャの後、女性陣と子供とでお婆ちゃんの家へ。
ここでも服装にかなりのバラつきがあった。夏と同じ半そでの服、長袖のシャツを着ている人、セーターやジャケットを着ている人。。。私は長袖シャツとウインドブレーカー。スカートの下にはスパッツと靴下。それでも寒くてたまらず、今日一日で大分肩が凝った。


◆11月1日 18日目

夜、外を出歩くと、ジュラバの帽子を被って歩いている人を見かけた。この帽子の先っぽをピンとさせている姿を見ると、あぁ、モロッコやなぁって思う。

昼間は飲み食いしていないせいもあって、余計に体が冷える。その分、フトールで体内に食べ物が入ると、急にぽかぽかしだす。エネルギーを燃やしてるって感じ。

 イミルシルから友達がやって来た。
ムッセム(祭り)の時に会ったスイス人も一緒。皆でカフェに行ってお喋り。
ラマダン中は夜中もカフェが開いてて、テレビ映画を見たり、カードゲームをしたりしている人達がいる。

1時半、友達をホテルに送って家路に向かう。あっ、犬や。と思ったら、後から後からいっぱい出てきて、数えてみると11匹もおった。大型の犬で、皆似たようなブチ模様があるから、家族かな?こんな集団がこっちに向かって来たら怖いけど、全然見向きもせずに、きれいな引き締まった体で走り去って行った。夜中によく犬の喧嘩っぽい声を聞くけど、こんな集団で喧嘩になったら凄そう。

 特にお腹もすいてないけど、タジンのご飯が用意されてたから、とりあえず食べる。
眠くなってきたから、2時間ぐらい寝れるかと思ってベッドに向かう為に階段の電気を点けたら、何かが動いた。一瞬見つめあった猫と私。我に返ってお互いに驚き、逃げる。

テラスのドアが開いていたので、そこから家の中に侵入してきたのだ。

驚いて目も覚め、またすぐに起きなきゃいけないと思うと、もう眠れなかった。

結局4時のスホールまで一睡もできず。

起きだす時は、寒くて布団から出るのが辛かった。この感覚、懐かしいなぁ。


◆11月2日 19日目

今日はイミルシルとスイスからのお友達をスホールとライシャに招待したので、大量の肉、野菜、果物を買い込み、女性人で料理を開始する。

そんな中、友達が少し家に立ち寄った。スイス人の彼女はノースリーブ、イミルシルの彼は半そで、私は長袖の2枚重ね。
「寒くない?」と尋ねると、今日は温かいらしい。

昼間は温かくても、夜はやっぱり寒い。
妹や姉も、暖かそうなガウンを羽織っている。でもお母さんはまだ半そで。私はズボンの下にタイツをはいた。でもこれじゃぁ、ウドゥーの度にズボンもタイツも脱がなあかん(足を洗わないといけないから)。それはかなり面倒なので、はさみで先っぽを切って、足首まで折り返す。薄手のスパッツである。
モロッコの女性がパンストやタイツを履かない理由がよく判った。

お客さんは、親類以外の男性なので、皆とは別の2階に用意した部屋でフトールをすることに。
友達が来た時も、さっさと2階へ通して、料理を運ぶのも、階段までは運んでくれるけど、そこから先は私。女性は、あまり姿を見られたくなさそうだった。

やっぱりイスラムの国なんやなぁ、と実感。

 テレビを見ながらフトールを開始したけれど、どのチャンネルもコーランばっかり。
今日の夕方に、アラブ首長国連邦の王様が亡くなったので、いつものお笑いドラマなどが放送されていないのだ。

そしてフランスのニュースにチャンネルに合わせると、アメリカの大統領選挙について報道している。
皆口を揃えて言う、「No ブッシュ!!」。明日には結果が出るそうだ。

 スイスは雪が降ってとても寒く、最近彼女の両親は暖炉に火を燈したそうだ。

イミルシルも、「もっと寒いよ。」と言っていた。天気予報でイミルシルの気温は2度。そりゃ、ここが暖かく感じるやろうな。

 スイスの彼女は、フランス語地域出身やから、フランス語がぺらぺら。そしてドイツ語地域でも仕事をしていたから、ドイツ語と、スイスドイツ語(ドイツ語とはまた違うらしい)、そしてスペイン語と英語が少し話せる、と言う。国内で言葉が違うのって、何だか想像しにくい。やはり私は島国日本の日本人やわ。

 フトールが終わって3時間、だらだらと座ってお喋りしてただけやのに、もう夜ご飯を食べると言う。
ブロシット(肉の串焼き)、ポテトサラダ、キャベツのサラダ、ピーマンのホットサラダ、ミントティーにりんご、みかん、ぶどう。。。

全然お腹が空いてないけど、普段とは違うご馳走やし、私の好きなサラダもある。
なので、苦しいけど食べた・苦笑

イミルシルの彼なんて、フトールでもホブスドアッズを食べろ、食べろ、と言われ2人分ぐらい食べていたから、勿論お腹なんて空いていない。それでもまた食べろ、食べろ、と言われ、「いやぁ、もうお腹いっぱいだよ。」と言えば、「何を言っているんだ。ほら、これも食べろ。」と、3本目のブロシットを渡される。

イランで親せき中の家に連れまわされ、それぞれの家で食べろ、食べろ、と食べさせられ、最後の家に辿り着いた時には庭で吐き、トイレに駆け込み、お腹はピーピー。ふらふらになって部屋に案内されたら、「さぁ、食べましょう。」と、また食事を用意された時のことを思い出した。

イスラムの国のおもてなしは、時には恐怖である・笑。


◆11月3日 20日目

朝ゆっくりと温まって垢すりでもしようかと思って、お風呂の準備をして風呂場へ向かった。
そしたら、丁度今、ガスが無くなったと言う。

仕方無いから、クスクス鍋や大きめの鍋にお湯を沸かし、風呂場へ持ち込む。
でも温まれない。まずは頭からお湯をかぶってガスールシャンプー。
そのまま流さずに、顔にガスールパック。
そして全身にガスールをつけて、手でマッサージ。少しボーっとして時間を置いてから、貴重なお湯をたっぷり使って洗い流した。垢すりは出来なかったけど、なかなか満足。

 台所では、アボガドジュースを作成中。最近年のせいか、乾燥のせいか、おでこに皺が。嫌だ嫌だ。
乾燥にはアボガドを摩り下ろしてパックしたらいい、と言うので、やってみた。目覚しい効果を見ることはできんかったけど、やった事に満足。

 今日、待ちに待った生理になった。普段は大嫌いやけど、生理中は断食もお祈りもしたらあかんから、今回は楽しみにしてしまった・苦笑
やっと朝一杯の水が飲める、という喜び。断食をしないからと言って、普通にご飯を食べる訳でもなく、お腹が空いたら何かをつまむ程度。しかも隠れてコソコソと・笑。

男性陣には、ちゃんと断食してますよぉ、と見せかけなければいけない。そして、この断食出来なかった日数を、次の断食までに1人で断食しなければいけないのだ。

それが嫌だから、ピルを使ってラマダン中に生理が来ないようにするという人もいる。でも、自然の成り行きを薬で操作してまで、ラマダンに断食をするべきかどうか、ちょっと疑問である。

 夜インターネットに行った。ニュースの欄に、ブッシュ再選とあった。信じられへん。ブッシュを支持する声を一言も聞いたことが無い(アメリカ人以外でやけど)のに、アメリカ人はどういう理由でブッシュに投票してるんやろう。


◆11月4日 21日目

 生理になったら洗濯をしようと思って、洗濯物を山ほど溜め込んでいた。その間旦那は耐え切れず、自分で洗濯物をしていた・笑。

今日はいい天気の洗濯日和。やる気満々で準備をしようと思ったら、既に妹たちが洗濯を始めていた。

仕方ないから、明日に延期。

 朝起きて水を飲んで、りんごやシュバキアを間食。何だか食べれるということが嬉しい。

最近は夜も熟睡できるようになった。朝3時45分の目覚ましに、「何でこんな時間に!?」と一瞬頭の中が?で一杯になるけど、次の瞬間ラマダンであることを思い出して起きだす。
スホールの後すぐに眠れるのも嬉しい。でも生理が終わった時の事を考えると怖いなぁ。

 夜、いつものように寝袋に毛布もかぶって寝ていたら、暑くて目が覚めた。
今日は毛布はいらなさそう。


◆11月5日 22日目

朝ベッドから出るのが全然辛くなかった。
寒くないのだ。でも外は曇り。
あまり洗濯には適していなさそうやけど、すぐにお天気は変わって晴れてきたりするからとりあえず洗濯開始。
それやのに、洗濯を終えて掃除をしてる時に、雨が降り出した><

でもすぐに止みそうな小雨やったからそのまま放置することに。
予感は的中。すぐに止んで、その後晴れ間が見えてきた。良かったぁ〜

洗濯、掃除、料理を済ませて、部屋でお菓子を食べる。
断食していない私の為に、旦那がお菓子をいっぱい買って来てくれた♪
私はお菓子好きなのだ。普段あまり食べていなかったので、お菓子がいっぱいあると嬉しくて、お腹も空いてへんのに食べてしまう。
そして普通にフトールやライシャ、スホールのご飯を食べるから、これはもうデブ道まっしぐら、である。

幸せに浸ってお菓子を頬張った後は、眠りの中へ。

その時凄い雷の音で飛び起きた。
外に飛び出すと、既に雨が降っていた。
ショック!!

急いで洗濯物を取り込む。殆ど乾いていた服も、また湿ってしまった。
取り込んだ後に一段とひどく降りだした。とりあえず良かったぁ、と思いながらベッドに潜り込む。

寒い。さっきまでこんなに寒く無かったのに、いきなり冷え込んで来た。毛布にくるまる。

 フトールでは従姉妹が作って持ってきてくれた天然のパンのホブスドアッズを食べる。
具の味付けが家と違って少し薄く感じたけれど、やっぱりこの火で焼いたパンは最高に美味しい。

ライシャもこの天然のパンと、お肉をサイコロ状に切って野菜と煮込んだ料理と、私の大好きななすびを揚げて、香草、にんにく、スパイスをすり潰したものを塗ったもの、ソラマメのピリ辛サラダ、レタスのサラダがあって、どれも美味しくて食が進んだ。

 フランスの友達がリッサニから帰って来たけど、明日には帰路に発つということで、夜中の12時過ぎに会いに行く。
彼女は薄い生地の中袖ワンピース。雨も降ったり止んだりで寒かったから、私はセーターの上からコートとマフラーをしていた。
「寒い!」と言う私に、「ははは!パリはこんなもんじゃないわよ。」と言われる。

私は多分かなりの寒がりなんやろう、と最近思う。


◆11月6日 23日目

朝分厚い雲が空を覆っていて、小雨がぱらついていた。昨日急いで取り入れた洗濯物を干したかったけど、今日も無理そう。
と思っていたら、妹や姉は洗濯の準備をしている。

「雨降ってるよぉ。」て言ってるうちに、なぜか急に空が晴れ渡る。
この天気の変わりようにはかなり驚かされる。急いで昨日の洗濯物を干す。その後は晴れたり曇ったりの繰り返し。あの熱い熱い夏が恋しいなぁ。あっ、でもあの夏にラマダンは御免だ。

 フトールに日本女性2人を招待して、思う存分日本語会話を楽しんだ。
あぁ、551蓬莱の豚マンが、餃子が、濃い豚骨ラーメンが、納豆が、
食べたぁい!!


◆11月7日 24日目

今日はきれいな青空のいい天気。
日なたにおったら温かいけど、やっぱり家の中は寒い。
昨日の夜あたりから、妹や姉は毛糸のスパッツを履き出した。ルーフに机と食材運んで、日向ぼっこしながら料理したいなぁ、と思いながら、日の当たらない台所で料理。

朝、シャワー兼用のトイレのドアを開けたら、シャワー用のカーテンが引いてある。

何でやろ?と思いながら立ち尽くしていると、カーテンの向こうからお父さんが顔を出した。

「ごめんなさい。。。」と呟いて急いでドアを閉めた。それを見ていた妹は声を抑えて大笑い。

お父さん、ちゃんと鍵閉めて下さい!!

 生理中やから断食せずにお菓子食べまくってる癖に、ハリラがやけに美味しくてお代わりしてしまった。この食欲、恐ろしい。

空を見上げればきれいな三日月。もうすぐラマダンも終わりです。



◆11月8日 25日目

ラマダンの後半になると、朝起きる時間がどんどん遅くなってきて、最近は10時前に起きるようになった。今朝もそんな感じで起きて行くと、いつもはまだゆっくりしている時間やのに、今日はお菓子作りを開始していた。
クッキー3種類。どれも大量で、手が込んでいる。
例えば、丸くくり貫いて焼いた2つのクッキーをプラムのジャムとみかん汁を混ぜたものに浸して、2つを併せてココナッツの粉を全体にまぶして完成。
あと、ホイップクリームのように、線が出る容器に生地を詰め込んで押し出し、線の模様がある棒状にして、それにチョコとオイルを混ぜて溶かしたものをまんべんなく塗り、ココナッツをまぶして完成。
この場合、苦労して線の模様がつくようにしても、結局チョコとココナッツで見えなくなるから、普通に棒状にすればいいのになぁ、と私は思う。

 明日はライラトル・カドルと呼ばれる日で、この日の夜にアッラーの啓示、コーランが下されたと言う。
また、この夜に天使が沢山舞い降りてきて、祈っている人々の許しを求めると言われているので、明日の夜は少し寝ては起きて、ウドゥーとお祈りをし、また少し寝ては起きて、ウドゥーとお祈りをする、という繰り返しらしい。

 フトールの後髪の毛にヘンナをした。
どうやらラマダンデブが出来上がってしまったので、ストレッチや縄跳びをして体を温める。縄跳び、こんなにもきついとは思わんかった。
昔は遊びでいっぱい飛んでたのに、今は少し飛んだだけでハァハァ言ってしまう。こりゃ、キツイ!と思って、踏み台昇降に切り替えた(笑)。
食い意地が張っていて、食べ物を我慢できひんから、これから少しづつ運動して軽々縄跳びが出来るようにしよう、と思う。

一汗かいた所で、お風呂に入る。今日はヘンナデイ。
モロッコでは結婚式の前に、女性がハマムでヘンナとオリーブの石鹸(クリーム状)をお湯で溶いて全身を洗う、と聞いたので、私もやってみたのだ。
皆が、ヘンナは熱を奪うから寒いよ、と言った通り、体がスースーしてくる。顔も含め、前進に塗って軽くマッサージをしてから洗い流す。このオリーブの石鹸は、普段ハマムに行った時もよく使うもので、これを全身に塗って洗い流してから垢すりをすると、やけに垢がいっぱい取れるのだ。今日も、垢がボロボロ取れた。じっくり念入りに垢すりをして、そろそろもう終わりかな?と思った時に、妹が背中の垢すりをしてくれて、ついでに腕も垢すりしたらまだ出てきたから、まだまだよ!と言われてしまった。でもこれ以上やるとヒリヒリして肌に良くなさそうやから、少しこすって終わる事にした。
人間にとって少しの垢は必要や、と何の根拠もなく思う私です。
汚い???

 夜は砂漠から帰って来た、イミルシルとスイスの友達と一緒にカフェへ行った。

町の写真屋さんの前には、黄金の大きな椅子やら、結婚式の時に使う御みこしの様なものがきらびやかに並んでいる。初めて断食をした子供が記念に写真を撮る為だと言う。その風景、見てみたいな。

カフェに腰掛けて、オレンジ色の街灯が照らす中を、ジュラバの帽子を立てて古びた自転車をこぐ人たちを見て、いいな、好きやな、と思いながらミルクティーをすすって過ごした。


◆11月9日 26日目

今日から断食再開である。朝から水も飲めず、お菓子も食べれず、お腹が空いた。

久しぶりやから、お祈りの言葉を忘れてないかドキドキしたけど、ちゃんと覚えているもんだ。

 テレビでファッションショーをやっていた。
いつもファッションショーをやっていると、お母さんや姉、妹を呼んで、女性陣でテレビを囲み、この人綺麗ね、とか、この服素敵、これでカフタン作ったら綺麗よ、こんなのが綺麗!?など等、会話は尽きない。

そして皆の断食明けの服に話題は移る。従姉妹の誰々はこんな服を作って素敵だ、とか、誰々はこんなのを作っていた、とか。
皆の衣装を見れる断食明けが楽しみだ。

 ラマダンが終わると毎日ハリラが飲めなくなるのか、と思うとやけにハリラが美味しい。ハリラは普段でも時々飲めるけれど、バグリィルなんてラマダン以外に殆ど食べることが無いから、なんだか名残惜しい。

 最近よくアラファトのニュースを見る。夕方ドラマを見てたら、アラファトのニュースに変わってしまった。姉が、「死んだの?」と言いながらやって来た。その後妹も「死んだの?」と言いながらやって来た。「死んでほしいの?」と聞くと、2人して「どうして!?」と驚く。「だって2人とも死んだの?って聞いてくるから。」と言うと、「アラファトはいい人よ。死んでほしいのはブッシュ。」だそうだ。

ちなみにアラファトは、フランスの病院でまだ生きている。

 フトールの後初めてモロッコのモスクに行った。女性専用の入り口から入ると、モスクの一番後ろの壁で隔てられた女性の席に着く。2階も壁の模様の隙間からすこぉし男性の姿が見えるくらいで、男性からは全く見えなくなっている。
いつもと違うペースでの集団礼拝。お祈りの時に唱えるコーラン、今日一日で全てを読み上げると言う。
その為、コーランを手にお祈りする人も多い。

女性の場所は狭いから、もう人だらけで密集しすぎていて暑い。途中からも続々と人がやって来てざわついていると、パンパン!と手をたたいて合図する。静かにしなさい!お祈り中ですよ、と。

私たちは、20時30分ぐらいまでお祈りをしてから妹と一緒に帰って来た。

帰りに男性の場所を少し覗くと、立ったり座ったりのお祈りが出来ない人は、椅子に座ったままお辞儀をしてお祈りをしていた。
大人達の後ろで少年達が並んでお祈りをしていたり、座ってコーランを読んでいる姿もあった。

ライラトル・カドルは朝までずっと祈るらしい。妹も少し家で休んでからまたモスクへ向かった。

ライラトル・カドルのライシャはチキンの丸焼きとサラダ、りんご、メロン、ぶどうだった。チキンの周りはカリカリしていて美味しい。

妹はモスクで振舞われたクスクスを食べたらしい。直系1メートル程の大きなお皿にクスクスが準備されたと言う。見たかった!!

ご飯の後またモスクへ向かう人もいれば、家でお祈りをする人、コーランを読む人もいる。

私は少しお祈りをしてから3時に目覚ましをセットしてベッドに入った。が、近所から大音量のコーランが聞こえてきて眠りを妨げる。
旦那がモスクから戻ったと思ったら、電気を点けてコーランを読み始めた。イライライライラ。。。

いつの間にかコーランが聴こえなくなり、旦那が再びモスクへ向かった後、2時位かな?やっと眠ることができた。


◆11月10日 27日目

3時に起きると、妹とお母さんが起きてスホールの準備をしている。どうやら今日はいつもより早めにスホールを食べるようだ。
スホールの後も、皆それぞれモスクへ向かって行った。
私はいつもの様に、朝のお祈りのアザーンが聞こえるまでコーランを読み、お祈りをして5時半に再びベッドへ。この後10時まで爆睡。

フトールのハリラはよく煮込まれていて美味しい。お腹が空いている訳ではなかったが、ついついお代わりしてしまった。
シュバキアも今日で無くなった。もうラマダンも終わりだし、きっと買って来ないだろうな。。。

 22時頃、そろそろご飯だろうな、と思って居間に行ってみると皆テレビを見ていた。“mask of zoro”アントニオ・バンデラスが出ているやつだ。私は濃い顔が好きなので、格好いいなぁ、と思いながら眺めていた。でも早くご飯にしてほしい。お腹は空いていないけど、今日は後片付け当番やから、さっさと終わらしたいのだ。
でも妹と兄が出かけていてまだ戻らないから、皆テレビを見ながら待っている。

23時前にやっと帰って来てご飯になったけど、メニューは臓物の煮物。
嫌いだ><

洗い物をしてたら妹がやって来て、お祈りのし過ぎで腰が痛いと言う。そういえば旦那も腰が痛いと言っていた。私は全然痛くないぞ。


◆11月11日 28日目

朝下に下りると、静かに掃除が始まっていた。
やっぱりやるのか。。。
お客様用のソファーカバー&クッションから、お祝い用の物に付け替える。
その際家具を動かして床を水洗い。壁も磨く。絨毯もいい物と取り替える。木製の家具はみりんと油を混ぜた物を布に含ませて磨く。
食器棚の上に飾られていた食器を拭く。そしていつも通り料理もしないといけない。
私がくたくたになっていると、何と洗濯の準備をし出した。ほんと、よくやるよなぁ。

 夕方からいきなり寒くなった。風の冷たさが全然違う。
そしてテレビからまたコメディーが消えた。今朝アラファトが死んだから。
テレビで初めて若かりし日のアラファトを見た。何せ私の記憶には白い髭のおじいちゃん、というアラファトの姿しか無かったからとても新鮮だった。

 フトールの後自分の部屋でくつろいでいると、隣の家に行くから子供を見ていて欲しいと言う。
まだ2歳になっていない子供と一緒に、私も子供に帰ってスットンキョーな声を出しながら寝転がったり、怪獣になってみたり、全身を使って遊ぶ。もし誰かがこの姿を見てたら、ちょっと怖い映像やな、とふと頭を過ぎって後ろを確認してしまった・苦笑

子供は私のことを“かー”と呼ぶ。 「たは、たは。(赤ちゃん用語で、叩くことを言う)」と言いながら笛で私を叩くから、「えぇん、えぇん。」と泣きまねをすると、「かー、かー。」と言いながら顔を近ずけてキスをしようとする。

私に上手く意思が伝わらなくて子供が泣き出した時は、私も一緒になって泣き真似をすると、「かー。」と言って笛をピーピー吹いて元気付けようとする。
もう、可愛い過ぎ!!

でもそのうち、「ママ、ママ!」と言って泣き出した。この手の泣きはどうにもならん。

眠そうやったから、泣きつかれて眠るのを待ってたけど一向に泣き止まず、眠らず。

大好きなぬいぐるみを持ってきて遊んであげると少しの間泣き止むけど、またすぐに泣き出す。そんな時誰かがドアを開ける音がした。帰って来た!と思ったら、姉やった。。。

皆隣に行ってしまった、と言うと、姉は泣きじゃくる子を抱いて隣と繋がっている窓越しに子供の母を呼んだ。そしたら皆帰って来た。
なんや、そうすれば良かったんや。


◆11月12日 29日目

掃除を済ました後、チョコクロワッサン作りが始まった。
今日新月が見られれば明日で断食が明ける。
ハマムに行きたいけど混み混みやから、家でシャワーを浴びることにした。
でも、妹たちも姉も子供も皆シャワーを浴びたいらしい。ゆっくり垢すりをする時間も無さそうやから、急いで30分ぐらいで切り上げた。
そしてスカートの下は毛糸のスパッツ。毛糸のスパッツの下は、布のスパッツ。頭にはガーゼのスカーフ。その上からスカーフを巻く。だって寒いねんもん。


◆11月13日 30日目

今日でラマダンも終わり。バグリィルを味わって食べる。

朝テレビを見ていると、レバノンは今日が断食明けらしく、お祝いムードたっぷりの番組が放送されていた。いいなぁ。

 久しぶりに昼間に外へ出かけた。
家にいる時寒かったから、コートを羽織って、スカーフを首に巻いて出かけたけど、今日はとてもいい天気で太陽の下を歩いてたら暑くなって来た。
通りは明日の為にハマムへ出かける女性達や、土曜日の市場へ行く人たちで賑わっている。私は旦那に新しいバブーシュを買ってもらった。断食明けの日の為に服を買ってくれると言われてたけど、時は既に遅し。
今からオーダーメードしても間に合わないと聞いたし、得に気に入る服が無かったから、前見て気に入っていたバブーシュを買ってもらうことにしたのだ。明日、皆がどんな格好をするのかが楽しみ♪

 家では入り口やドア、窓にカーテンが取り付けられ、居間のソファーカバーやクッションもお客さん用に取替えられた。客間のお祝い用のソファーカバーやカーペットはとてもさわり心地がいいから、このカーペットの上でお祈りするのが気持ちいい。

 お昼頃、我が家に1人のラァビィットがカルカバッツ(鉄のカスタネット)を鳴らしながらやって来た。ラマダン期間中毎朝カルカベを鳴らし歩いていたおじさんはあなただったのね。
姉が子供達に小銭とお茶用の砂糖を渡して、子供達がおじさんに渡す。おじさんはズメタをねだっていたが、姉が「無いのよ。悪いわね。」と言っていた。ズメタ好きなおじさん、ご苦労様。

夕方、今度はカルカベと太鼓の音が聞こえて来た。どうやらラァビィットは3人いたらしい。私がよく聞いていた音はこの2人組みだ。子供達が楽しそうにおじさん達の後に着いて、各家を回っていた。この音と子供達の行列を見ると、お祭り気分だ。

 テレビでは相変わらずイラクでの銃撃戦などの映像が流れている。
ムスリムにとってラマダンやイードはとても大切なものだ。イラクやパレスチナの人達はどんなラマダンを過ごして、どんなイードを過ごすんやろう。こんな風に安全な普通の暮らしが出来る中でラマダンやイードを過ごせる私たちは、とても恵まれていると思った。

イラクやパレスチナでも、早く安全な普通の暮らしが、当たり前にできるようになってほしい。

 ラマダン初日の断食が始まる時間は、確か午前5時前やった。最終日は5時15分。一日の断食明けは17時50分やったのが17時30分。

今日で終わり!お疲れ様〜



◆11月14日
 イード・アル・フィトル

皆は7時過ぎから履き掃除の後雑巾で拭いてきれいにしてから、各部屋にお香を焚いて回っていた。
男性は8時半から広場で始まる断食明けの礼拝に出かける。
姉が私に旦那が起きているのか聞いたので、もう起きている、と英語で言った。とっさにアラビア語が出てこなかったのだ。
そしたらアラビア語でこう言いなさい、とアラビア語で言い直させられた。アラビア語の言い方を教えてくれるのはよくある事やけど、この時はなぜかとても腹が立ったのと同時に、心の中の何かが壊れた。
自分の部屋に戻った時にはもう涙が溢れていて、旦那は驚いて私に尋ねる。「どうしたの?」「分かんない!!」と怒る私。「何があったの?」と旦那。「何も無い!もう、うるさい!!」と訳の分からない私。

普段の生活でも日本とは違うのに、ラマダンやイードの準備で知らない間に私の心に疲れが溜まっていた様だ。
心の器が涙で一杯になって、溢れて来た。

とっさにアラビア語なんか出て来ない!私は日本人だ!イードが何だ!こんなの日本の文化に無い!と、心が叫んでいた。

モロッコの生活も文化も好きやから、私も同じようにしたいし、色々知りたいし、理解したいと思っていた。
でも、皆のこの浮かれたテンションに着いて行けず、何をしたらいいのかも分からない。
日本のお正月やったら、いちいち何をしたらいいとか考えずに、心からのんびりと過ごせるけど、ここでは何が普通で何をすべきなのかが分からない。もう、くたくたやった。

昨日まではイードを楽しみにしていて、鏡の前で服を合わせたり、髪形の予行練習までやってたのに。。。

何とか旦那を送り出し、涙を止めようとするけど、ちゃんと止まる前にまた溢れてくる。
そんな事を繰り返してたら、「早く朝ごはんを食べなさい!」と呼ばれる。
頑張って涙を堪えて居間に向かったけど、すぐに「どうしたの?」と妹に聞かれてしまって、もう説明もできないままオイオイと泣いてしまった。日本の生活が恋しい、と言いながら。
姉も妹も元気を出させようと、踊ったり冗談をいったり、ハグしたりキスしたり、そこにお母さんもやってきて、またハグとキスの嵐。
やっと収まったかと思うとまた涙が溢れてくるという繰り返しで、どうしようも無かったので、自分の部屋に戻って気がすむまで泣いた。
旦那がお祈りから帰って来て、旦那の新しい服の上に涙と鼻水を付けながら、最後の泣きをさせてもらった。

 心が落ち着くと、今度は皆の様子が気になりだして、皆の元へ。
こんな時子供と一緒にいると、本当に心が休まる。小さな子供を抱きかかえながら、玄関先で外の様子を見たり、お隣に挨拶に行ったり、色々な人が挨拶に来て、お茶を飲んで行ったりした。



小さな従弟達が手にヘンナをしたり、綺麗な服を着て挨拶にやって来る。叔父さんや家族の友達が来て、「マブルゥク、ライード!」と挨拶しては、忙しそうに次の家に向かって行った。男性は、午前中のうちに親せきや友達の家に挨拶に回るのだ。

お昼はチキンの丸焼き。たっぷり食べた後は昼寝をして、16時頃から女性たちが挨拶に回る。
私も従弟の家を回ってお茶を飲み、お菓子を食べた。
小さな子供がジュラバの帽子を立てて被ってるのは、何か違う生き物みたいでほんまに可愛い!
女性達は新しいジュラバを着たり、頭から脚までを覆っている布の裾からは、きれいなカフタンが覗いていた。


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