| ★★★sahara★★★ | ||
| モロッコの暮らし | ||
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◆>...家事、お家事情 ◆>...ハマム(蒸し風呂) ◆>...ちょっとお家拝見 |
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| ◆>...家事、お家事情 食器洗い 粉末状の洗濯洗剤を水で溶いて食器を洗います。 この洗剤は、洗濯、食器洗い、床の掃除、手を洗うとき等、何にでも使います。 これに慣れると、日本の様に洗濯用、食器用、お風呂用、窓用、床用と沢山あり過ぎるのがおかしく感じる。 家では小麦粉や香辛料等を沢山入れている大きな袋の繊維をちぎってほぐした物で食器を洗っている。その他、漁に使う網を適当な大きさに切って使ったりもする。日本で使っている様なスポンジを使う事もあるし、テーブル拭き用にスポンジを使ったりもする。 洗った食器は、タライに溜めた水で濯いで、かごの入れ物(プラスチック)に入れておけば、自然に乾く。 家の掃除 モロッコの古いお家は壁が分厚くて、小さくても中庭があって、天井に四角い穴が空いていて、窓ガラスの無い窓になっている。風の通り道がちゃんとあるから、普通の家に比べると夏場でも涼しい。でも、砂嵐がやってくると、この風の通り道から砂がいっぱい入ってきて、あっという間に砂だらけになってしまう。 これを全て水で洗い流す。砂漠の近くは水が貴重なんだろうなぁ、と思っていたけれど、掃除の時にはじゃんじゃん使っている。ほうきで掃いていると、砂埃が舞うからかもしれない。 ソファーや家具には脚が付いているから、移動させなくても大丈夫。小さなバケツを使って水をばらまいたら、ほうきで掃いて、その後水はけで水をはけてから、水はけの先端に雑巾を被せて拭く。 これが結構大変。でも毎日これをする訳では無い。その日によっては水を使わずに掃くだけだったり、水をほんの少しだけまいて、雑巾で拭くだけの時もある。 食器棚の掃除 どのお家に行っても、棚に沢山の食器をきれいに飾っている。ガラス戸が付いていても、なぜか半開きにしてあったり、戸が付いていない箇所も多いから、すぐに埃や砂を被ってしまう。時々布巾で食器を拭くが、食器を全て洗うことも度々ある。結婚式等の儀式を自宅で行うから、食器の数もバカにならない。 これらを全て棚から出して、洗って、またきれいに飾る。 でも季節によっては、またすぐに砂嵐がやってくる。 私はこの食器を拭いたり洗ったりする作業が大嫌い。だって日本ではそんな必要無かったし、私なら何度も洗って直す作業をするよりも、いかにして砂埃を防ぐかを考える。砂埃が入りにくい部屋に食器棚を置くとか、透明のビニールを被せるとか。。。 でもそんな事を考えているのは私だけの様だ。時間がたっぷりあるからかなぁ?それとも私が面倒くさがりなだけ? 洗濯 モロッコではまだまだ洗濯機が普及していない。 山のような洗濯物を全て手で洗わなければいけない。夏場は衣服も薄手の物が多いからまだいいけれど、冬はジャケットもコートもセーターも厚手のズボンも手洗いしなければいけない。これを絞るのは一苦労だ。夏は服から水がポタポタ滴り落ちていても、南部ならすぐに乾いて気持ちがいいけれど、冬場はそうはいかない。しっかり絞って、1日中もしくは2日ぐらい干したりする。海沿いの方は、夏場でも乾きが悪い。 カーペットを洗う時は、カーペットを広げて水で溶いた洗剤をまき、ブラシでこすりながら洗う。その後水をたっぷりとかけて洗剤を落としてからくるくると巻いて、真ん中に高い椅子、両端にそれより低い椅子の上に置いて、水が両端から流れ落ちるようにしたり、水はけでカーペットの水をはけてからくるくる巻いて立てかけておいたりして、ある程度水が切れたら、屋上に干す。 毛布の場合、大きなタライに洗剤を溶いて、その中に毛布を入れて、足で踏みながら洗う。 近くに川がある村などでは、川で洗濯をする。 エルラシディア〜エルフード間を通ると、タライを頭に載せて洗濯しに向かう女性や、毛布やカーペットを道路脇の岩の上に干しているのを目にする事がある。ミデルトからアズルーに向かう途中、平原にテントを張って暮らしている人達を見た。羊やヤギが水を飲むその川で、洗剤を使って女性達が洗濯をしていた。それを見て、ちょっと複雑な気持ちになってしまった。でもそこで生活している人にとっては、そうするしかないもんね。自然に優しい洗剤が普及したらいいね。 川での洗濯に挑戦 私がトドラ谷にいた時、毎日シャワー室でちまちまと洗濯をするのが嫌になり、川で洗濯していたベルベル女性と一緒に洗濯をしよう、と思い、洗濯物を袋に詰めて洗濯しているベルベル女性を探しに出かけた。広い川に出ると、何人か洗濯している人がいたから、身振りで「一緒に洗濯していい?」と聞くと、ちょっとびっくりしたみたいだったけれど、「あんた、タライ持ってんの?これ使いなさい。」とタライを貸してくれ、洗剤を入れてくれた。洗い終わって濯ごうとしたら、「まだよ!次はこの石鹸使って。」と、今度は固形の石鹸を渡された。後から来た人や、通りかかった人達は面白そうに眺め、「シノワ、シノワ(中国人)」と囁いている。 川だと濯ぐ時が楽ちん。真ん中に入っていって濯ぎたい服を持っているだけで、川の流れが勝手に濯いでくれる。 でもここでもその川にヤギや羊が水を飲みに来るし、少し下流では子供が釣りをしている。やっぱり複雑な気持ちになる。でもそれを除いたら、青空と太陽の下、川で洗濯をするのは、薄暗くて狭いシャワー室で洗濯をするよりも気持ちがいいし、楽だし、面白い。私だけでなく、ベルベル女性たちも面白がって集まってくる。そんな時カメラを渡して、洗濯してる所を撮ってくれるように頼むと、面白がって嫌がる友達や、子供たちの写真も撮りまくってくれる。勿論、「1ディラハム」と言われる事も無い。 洗い終わったら、その辺にある草の上に置いて干すか、宿に持ち帰って干しましょう。 シャワー&トイレ モロッコの一般家庭では、シャワーが付いていない家も結構ある。勿論、シャワーやバスタブの付いている家もちゃんとあるけれど、それは結構恵まれた家だと思う。 シャワーが無い家でも、シャワー屋さんやハマム(蒸し風呂)があるから大丈夫。でも毎日そういう所に通う訳ではない。 バケツに水を溜めて水浴びをしたり、お湯を沸かしておいて、水と混ぜながら温かいお湯を浴び、体を洗ったりする。トイレで。 モロッコのトイレはアラブ式トイレで、ペーパーを使わずに水で洗うから蛇口もある。スペースは日本のトイレより広い。だからここで体を洗ったり、洗濯をしたりもするのだ。 ラバトに出稼ぎに来ている人の家に行った時は、10畳ぐらいの部屋に4人で住んでいて、トイレは共同だった。この場合、このトイレはシャワーにもなるし、台所がないから、このトイレの水道で野菜を洗ったりして、部屋で料理をしていた。トイレの水、と思うと何か汚い気もするけれど、ま、元を辿ればトイレの蛇口も台所の蛇口も同じ水か。。。 電気・水道・ガス 時々断水や停電になることがあるけれど、ガスが止まることはない。ガスは、大きなガス缶を買って、それを自分でガスコンロやオーブンに取り付けて使うから。 断水や停電は、数時間で復旧することもあれば、次の日まで復旧しない時もある。停電の時は、蝋燭やガス電気が活躍する。断水の時に備えて、家ではポリバケツなどに水を溜めて置いている。不便だけど、水の大切さ、電気の有難さを感じることができる、いい機会。でも、こういう有難さって、すぐに慣れて、忘れてしまうんだよねぇ。。。 断水 朝起きて顔を洗おうと思ったら水が出ない。あぁ、断水だ〜。モロッコでは断水や停電になることがあるけれど、ラマダンのご飯を作らなきゃいけないのに不便やなぁ。でも、ポリバケツに溜めておいた水をみみちく使って何とかなるもので、普段いかに無駄使いをしているのかと考えさせられた。断水の時や、自分で頑張って井戸水を汲んで運んだり(したこと無いけど。)したら、「大切な水」と思えるけれど、蛇口をひねるとジャージャー水が出てくる便利な生活をしていると、水と一緒に「大切な水」と思っていた心も流れていってしまう。 次の日、また顔を洗おうと思ったら水が出ない(昨日は15時ぐらいに出た)。電気をつけたら、これまたつかない。断水&停電。まぁ、昼間は停電していてもそう困らないけれど。それもお日様のおかげ。夜も月が出ていたら結構明るい。便利さを取り除くと、自然ってちゃんと出来てるものなんやな、と関心してしまう。 夕方頃、少しだけど水が出始めた。でも、砂の混じった汚い水。お風呂に入りたかったけれど、今日は我慢するしか無いか。 その次の日、どきどきしながら蛇口をひねった。出るぅ!きれいな水が勢い良く出る。顔をじゃぶじゃぶ洗って、ご飯の用意をしながら洗い物を気持ち良く片付けていける。トイレも何の心配もなしに行けるし、洗濯もできるし、お風呂にも入れる。やっぱり蛇口をひねったらきれいな水が出るというのはいいものだなぁ。 テレビ 渓谷の村でも、砂漠の村でも、家の屋上にはパラボラアンテナが立っている。アフリカのテレビは勿論、ヨーロッパ、アジア、中東、日本のNHK衛星放送も見ることができる。 よその家にお邪魔すると、みんなカチカチとボタンを操作してアンテナを動かし、沢山のチャンネルの中から番組を選んで見ている。日本の漫画アラビア語バージョンもよく放送している。「ポケットモンスター」「名探偵コナン」「うちのタマ知りませんか」「ドラゴンボール」等など。 でもイミルシルに行った時は、テレビを全然見かけなかった。アンテナが立っている家を数件見かけたけれど、イミルシルでは19時半にならないと電気がやって来ないから、テレビを見れる時間も限られてくる。イミルシルだけでなく、その周辺の村や、田舎の村では皆そうなのかも知れない。 引越し 家族皆で住んでいた家から自分達の家(借家ですよ)に引越しをする時、「明日鶏を買って来るから、新しい家の前で二人で一緒に屠るねんで。」と旦那に言われ、怖い気持ちと興味とが入り混じっていた。新しい家で何事も無く無事に生活ができるように、余裕があれば羊を屠って家族や近所の人に振舞うらしいけど、家は鶏を屠って家族でクスクスを食べる予定だった。 朝一に市場に行った旦那が大きな鶏を手に帰って来た。が、何だか様子がおかしい。旦那が鶏を手にして家に帰る途中、「その鶏早く屠った方がいいよ。」と声をかけられたらしい。購入した時は元気だった鶏が、なんだかぐったりしてきて、どうしようと思っている間に死んでしまったらしい。こんな事話しても信じてくれへんやろうから、死んじゃった鶏をわざわざ家まで持ち帰ったのだと言う。 ムスリム(イスラム教徒)は、「ビスミッラー」と唱えて決められた方法で屠られた肉しか食べないので、その鶏は捨てられた。日本だと、何だか縁起が悪いと考えそうだけど、こっちでは鶏が悪い事を全部持って逝ってくれた、といいように解釈している。今から新しい鶏を買ってきて自分達で屠っていたらお昼ご飯に間に合わない、ということで、結局スークで屠ってもらった鶏を買ってきてクスクスを食べた。 荷物を全て新しい家に運び終わると、新しい家に住む人は手にコーランを持って新居に入る。私達も手にコーランを持って家を出て、新居へと向かった。 ◆>...ハマム(蒸し風呂)へ |
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